300年前のひと

先日、久々にバロック音楽の演奏会にいってきた。

300年前のひとがつくった音楽をいろんな国の人が友だちになって奏でるなんて、すてきだ。

いわゆる西洋音楽は5線譜が読めれば、どこの国の人とでも一緒に楽しむことができる。(ある程度はね)それはすごいことだよね。

世界にはいろんな民族がいて、いろんな音階があって、記譜されない曲もあるだろう。それぞれの生活から生まれた音楽もとても価値がある。それをみんなが、愛おしく思えれば、戦争なんて・・・

アンサンブルのメンバーが日本、韓国、ドイツと国境を越えて構成されていることは、ほんとうにすてきだ。グループのネーミングも平和を意味する「パーチェ」。 日本と韓国の旋律を編曲されたものもあり、親しみを覚えた。もちろん、テレマンのプログラムも良かった。

 

ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』の中で、作曲家になりたい少年に「なにを歌う必要があるんだ?おまえがどんなものをつくろうと、あれらの方がもっと良く歌っているじゃないか」とさすらい人の伯父さんが諭すシーンがあります。あれらというのは自然界の美しいいろいろなものたち。

純粋なものにふれると、この一節を思い出します。芸術家は自然界の美しいものを越えるのかもしれません。

クラシックつながりで、宮沢賢治のこの本を手に取ってみました。

講談社「セロ弾きのゴーシュ」より