「ぼくのジィちゃん」

今日は地元の中学校の運動会だ。お天気にめぐまれて何より。

ウチのじいちゃんは、元気がよかったころ、運動会は大好きで、陸上部だった二男を応援することは勿論、保護者の競技にも自ら参加していた。綱引きとか。  わざわざ、じいちゃんが出なくてもと、内心思っていたけど。

マラソンが大好きで、毎日走っていたし、ホノルルも2回走った。元気な70代だった。

この絵本のジイちゃんのように短距離ではないけど、走れることはすばらしい。

松林の木陰でみんなでお弁当を食べた、あの頃の運動会がなつかしいね。

作:くすのき しげのり 絵:吉田尚令 「ぼくのジィちゃん」より

「背番号4」

先日、みずほペイペイドームへ野球観戦にいってきた。 21対0 と快勝でドーム全体が沸き立っていた。

4万人の人が、一斉に歓声をあげる野球ってすごいなと思う。

 

ところで、我が息子も小さいころから野球をやっていた。

雁ノ巣球場まで、おじいちゃんと一緒に自転車で。毎日毎日、練習に通っていた。(今は小4まで自転車で道を乗ってはいけないらしい)。今更だけど、おじいちゃんありがとうね。

そして、高校2年の時、4番のゼッケンをぽんと差し出して、「上から17㎝のところで縫って」って。

「セカンドのレギュラーなれたん?」公立高校の野球部だけど、熱い思いは甲子園を目指す学校と変わらない。

4番のゼッケンは母としてもうれしかった。曲がらないようにできるだけ丁寧に縫い付けた。

土日も練習試合できつかったね。でも、子どもたちから、たくさんの感動をもらったことを忘れない。

文:指田 和  絵:長谷川 義史 「ぼんやきゅう」より

「お豆腐やさんのはなし」

「ひき石と24丁のとうふ」(大西暢夫)の紹介。

お客さんから、教えてもらった、写真絵本。出会えてよかった絵本だ。

「ぽつんと一軒家」。という番組をテレビでよく見るけど、たぶんここは取材されてないし、取材してほしくない場所だ。

この写真絵本でしか伝わらないものがある。

山奥で90歳のおばあさんがひとりで営むお豆腐やさん。ひき石(ひき臼)で大豆をひき、24丁の豆腐をつくる。若いときから目もよく見えてないらしいけれど、毎日毎日、休むこと無く。薪の音に耳を澄ませ、全ては長年の経験で豆腐をつくり続け、凍てつく夜は凍み豆腐をつくる。藁で編んで繋いだ凍み豆腐もまた、愛おしい。

 

子どもたちにも、出会わせたい絵本だ。年齢は関係なく。低学年でも高学年でも。

大西暢夫「ひき石と24丁のとうふ」より

「とってもうれしい宿題」

どきどき わくわく まちたんけん2年生

「わじろ小校のお気に入りのばしょをしょうかいしてください」

になんと!!  『たねぽけっと』(ちいさなえほんやさん)を紹介してくれた りのちゃん、ありがとうね!

すごく嬉しかったよ。

1歳くらいのときから、ママと一緒にお話し会にたくさん参加してくれていた りのちゃん。もう小学2年生。お姉さんになったよね。

たねぽけっとの1期生?!のメンバ-のひとりです。

 

今活動が停滞していますが、小さい子に読みきかせができるくらいの お姉さんやお兄さんになっていますよね。

そういうシーンが再会できたらいいな。くものテーブルで。

「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」

小、中学校が近くだったので、登下校の心配は無かったのですが、その分、職場の遠い母の方が先に、家を出て、当然仕事から帰ってくるのも、子どもの帰宅時間には間に合わない。

だから、「いってらっしゃい」も「おかえりなさい」も子どもに伝えられなかった。フルタイムで仕事をしている親はみんなそうかもしれないけど。

末っ子は一人、お留守番をすることが多くて、ちょっとかわいそうだった。

 

黄色い帽子や黄色いランドセルを見るのも、2学期の中頃にやっと仕事の代休の時だった。

愛おしくて。 改めて、まだやっと1年生なんだと。

今日は、お母さんが家にいるから、「ただいま」が言えると嬉しそうに「いってきます」を言って学校にいった。

学校から帰ってきた時に、

「ただいま」を言った娘の笑顔を忘れない。「おかえりなさい」

 

そんな娘も、成人し、責任ある仕事を持ち、優しいパートナーにも恵まれた。ふと、子どもの頃のことを思い出すと切ないけど、有り難いことに、四人のこどもたちは、みんなたくましく大きくなりました。

 

今日はランドセルを揺らしながら帰る、黄色いランドセルを見て、つい思い出してしまった。家庭訪問でみんな早帰りらしい。

作:三浦太郎 「おうちへかえろ」より

作:ジミー・リャオ 訳:天野健太郎 「おなじ月をみて」より

「ふるさと」

わたしが育ったのは筑豊の炭鉱のまち。 石川えりこさんの「ボタ山であそんだころ」と時代がリンクする。

どのページもうなずけるのだ。お父さんが昼間家で寝ているのは、3交代制の3番方の日。父がきげんが良かったのは、1番方で夕飯を家族で食べられる日。夕方、傘をもって、事務所まで迎えにいったことがある。

雨は上がり、傘は必要なかった。父は共同風呂から上がって、二人に気がつくと、満面の笑み。上機嫌で「ああ、迎えにきてくれたとね。」  このときの父の湯気の匂いを忘れない。

 

巻末に昭和40年に起きた、山野炭鉱のガス爆発事故のことが書いてあります。子供心に緊迫した様子を覚えています。237人の犠牲者のうちの一人はわたしの叔父でした。

その年のお盆には玄関先に無数の盆提灯が下げられました。その風景が目に焼き付いています。

 

ちなみに、わたしはボタ山であそんだことはありません。それから、お父さんのいない子どもたちは家の手伝いをよくし、たくましく、育っていったと思います。

石川えりこ 「ボタ山であそんだころ」より

「助さん、格さん」

「助さん、格さん、うっかり八兵衛、風車の弥七・・・そばには頼もしい助っ人がたくさんいるから、黄門様になったつもりで、デーンとしちょったらいいよ。」 と友人からのメッセージ。

 

思わず笑っちゃったけど、嬉しい言葉でした。昭和だな~。

黄門様の絵本ではないけど、「くものすおやぶん」の絵本を2冊ご紹介。時代劇風で意外と引き込まれますよ。

秋山あゆ子 「くものすおやぶん ほとけのさばき」 「くものすおやぶん とりものちょう」より

「天ぷらやさん」

1日限りの天ぷらやを営業した。

近くに住む、長男家族と、長女家族を招いて、揚げたての熱々を食べさせたかったので。

しかしながら、言い出しっぺの私が、前日から、調子が悪く、当日の下ごしらえから、全部、お父さんにやってもらうことに。ゴメン。申し訳無い。

子どもたちを含め十人分の天ぷらを、揚げかかり、ホール係など、長男、長女が手分けして、やってくれたので、みんな、熱々の天ぷらを食べることができた。お父さんと長男はずっと台所で、揚げながら、つまみ食い?

長男の嫁は筍おこわの炊きたてを持って来てくれた、これがまた美味しかったので、レシピを聞かなきゃ!!

 

いま、身体はヨロヨロしているけど、食欲は落ちてないので、みんなとの集いがうれしい。

 

美味しいものを食べると笑顔になれるもんね!!

 

二男二女さん家族は8月に集合予定。大集合です!!何を食べようかな?

まずは私が元気でいないとね。

かこ さとし 「からすのてんぷらやさん」より

「ネイル効果」

急激に体重が落ちたセイで、体中はシワシワ!!

仕方ない。 手の甲もシワシワ。でも、あえて、娘からネイルを、塗ってもらった。

あら!!指先から、元気になれそうな。

最近はピアノを弾かないので、少し爪をのばしていたから(こらっ!)

いい感じ。こういうのを自己満足っていうんだな。

指先の元気はうれしい。

「こちょうらん」を抱えて。

「6周年おめでとうございます。」 え?あら!もう、通り過ぎてる。 4月15日。

すがすがしい白の胡蝶蘭を抱えて、友人はお祝いの言葉を言ってくれた。

店主も忘れている大事な記念日を、はっと思い出させてくれた、友人に感謝。

自分の体調ばかりを気にしていた・・・

 

6年の月日は皆さんの支えのおかげで、かけがえのない大切なものを積み上げることができた。

絵本屋さんをしてなかったら、病気を受け止めることはできなかったと思うし、希望を絶やさなかったのも

ときどきしか、開かない絵本屋を訪ねてくれるお客さんのおかげだと思っています。

7年目、さあ、すがすがしい白の胡蝶蘭のように、新たな思いで「絵本屋たねぽけっと」を続けていきたいと思っています。できる範囲で。今後ともよろしくお願いします。